2010年03月16日

高千穂の明日を考える

季節外れの雪が山肌に残る宮崎県北部の高千穂町を久しぶりに訪れた。
中山間地に押し寄せている人口減少、高齢化の進行、産業構造の変化による都会との経済格差等々、いくつもの深刻な課題に直面し、地元の知人らが危機感をつのらせ「高千穂の明日を考える会」を結成した。
早速、町会議員との話し合いなどの活動に入ったが、なぜこんな事態になったのか、その根底から真剣に考えるには、社会の流れを学び直す必要があるということで、勉強会が開かれ、そこに招かれたのである。

確かに高千穂、日之影、五ヶ瀬の西臼杵郡3町とも人口減少が続いており、現在3町合わせて2万2,730人と、10年前よりほぼ14%減っているのに加えて、2035年にはさらに約44%減少し、1万2,837人になると予測されている。
また、2025年にはこの3町で高齢者数が生産年齢層を上回る見込みとされており、小中学校の閉鎖など過疎化の深刻さも目立つ。

その一方で高千穂町は、東国原知事の登場を契機にして観光客が増え、年間150万人と宮崎県を代表する観光地として、ますます脚光を浴びるようになっている。
一泊3万円の宿泊施設が大いに利用されているという話も聞いた。
古代の伝説と歴史を秘めた遺跡、山と木々に囲まれた静寂さが訪れる人々を惹きつけているのであろう。

たまたま起こった高千穂峡のボートへの落石事故は、安全対策を急ぐ必要があるが、この恵まれたの観光資源をこれから先、どう生かし魅力を高めていくかが地域活性化の知恵の出しどころである。
短期の一旅行者の思い付きとして言えば、例えば、椎葉や阿蘇まで含めたネットワークの構築など、さまざまなアイデアを積極的に検討してはどうだろうか。
なかなか発展の道が開けないことは、あの高千穂鉄道の災害復旧ができなかったこと一つとっても良く理解できるが、危機感を抱く地元の人々が結束し始めていることに大きな意味があり、近未来に向けて期待を感じさせてくれる。

  


Posted by hamachan at 14:13

2009年05月12日

イギリスに広がる菜の花畑

ゴールデン・ウィークをはさんで、10年ぶりにイギリスへ旅行した。
イギリスは、新型ウィルスにかかった人がいち早く見つかり、少し心配したが、北部の方だったことからロンドンは全く関係ないという感じで、観光客も多く、マスクをしているのは、日本人だけだったようだ。

ロンドンから郊外に小旅行をしたが、私が目を疑ったのは、列車やバスの窓から黄色の花畑が一面に広がって見えることであった。良く見ると菜の花畑である。


かつて丁度30年前、サッチャー首相が登場した時から2年間、BBC(英国放送協会)の海外部門で働くため、ロンドンに滞在した経験からすると、意外な風景である。


前日、久しぶりにトラファルガー広場に近いナショナル・ギャラリーで、19世紀に活躍したコンスタブルの風景画を見ていたせいもあるかもしれない。
この画家の一つの特徴は、刻々と移り変わるイギリスの空と雲を見事に描いた風景画である。それは、北国イギリスらしい、ややくすんだ緑色の印象が強い。
コンスタブルの世界は今でも、イギリス郊外の風景に残っている。その中で、菜の花の南国的で明るい黄色は何となくそぐわない気がしたのである。

イギリス人の友人3人に聞いたところ、案の定、2人までが「あれはイギリスにふさわしい花ではない」と言う。
そのうちの一人は、「菜の花の匂いも油臭い」「経済優先の作物だ」と嫌悪感を示すほどである。
経済優先というのは、バイオ燃料の作物栽培にEU(欧州連合)が助成金を出すということを指すようである。
3人のうちもう一人は、時代の要請を認めるという印象であったが、好きな花とは言わなかった。

何と、日本と違うことか。
因みに、菜種は英語でレイプ(rape)と呼ばれる。綴りもあの犯罪のレイプと同じである。
もっとも、イギリス人が菜の花に親しめないのは、言葉のせいではなさそうであったが。


  


Posted by hamachan at 13:53

2008年08月01日

北京オリンピックの一つの見方

北京オリンピックがいよいよ1週間後に迫ってきた。
日本のメダル獲得も気になるが、それより、各選手がこれまで鍛えてきた成果を本番で十二分に発揮してくれることを期待したい。

これに関連して思い出したことがある。

先日、現役引退を表明した野茂英雄投手であるが、彼は95年に米大リーグのドジャースへ入団したときから、直ちに輝かしい活躍ぶりを見せた。彼に着目して、宮崎公立大学で比較文化論などの講義を担当していた荒木博之元教授(故人)が当時、『「海人」野茂英雄の研究』という本を出版した。

内容は、狩猟民族的な縄文文化の流れを持つ人と、稲作を始めた弥生文化の影響が強い人とでは、今でもスポーツの世界で活躍ぶりが違うと言う点を指摘したものである。

縄文時代は、農業がなかったので、狩に行くか、海に出て漁をするかしないと生きて行けなかった。したがって、今でもこうした流れを持つ漁村などの出身者、「海人」は、孤独でもチャレンジ精神おう盛で、実績を挙げることができ、野球の投手(かつての稲尾投手ら)、相撲の力士(双葉山ら)、それにマラソンランナーなどで成功する例が多い。

一方、コメなどの農作物をしっかり栽培していけば生きてゆける弥生文化の影響が強い人は、チームで団結するようなスポーツには強いが、個人技が問われるスポーツでは活躍しにくい。

野茂投手は大阪の出身で、この説に当てはまらないのではないかと思われがちだが、そのルーツは長崎県の五島列島にあるので、縄文文化の流れをくんでおり、米大リーグにチャレンジして成功したのだと言うのである。

学問的にきちっとした調査研究ではないので、一つの仮説に過ぎないとも言えようが、北京オリンピックを間近に控えて、日本選手の活躍をこうした観点から眺めてみてはどうであろうか。  


Posted by hamachan at 15:04
プロフィール
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浜野崇好(はまのたかよし)

経済コラムニスト



1935年6月宮崎市生まれ



NHK経済記者・解説委員を経て、宮崎公立大学学長・理事長。

退任後、フリーの経済コラムニストとして活動。



クローバー浜野崇好の

オフィシャルサイト

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